中島みゆきさんの天理時報に連載された「四十行のひとりごと」は第二詩集として本になった。
本になった時に二編の詩が追加された。
そのうちの一つが「産土」だ。
産土はうぶすなと読む。macで変換したので読み方は特殊だが言葉としては一般的なのだろうか。
意味は、その人が生まれた土地である。
「うぶすなは 何処ですか」と3回問うている。産土はここではいずれもひらがなだ。
ふりがなが振られている本なのに、ひらがなにしているのだから意味があるように感じるが私にはわからない。
うぶすなが違うことで人間は争う。
本来とは異なるうぶすなを覚えこんだためにそんなことをするようになってしまった。
それでもその失敗から人間は進化してきた。
というような内容の後に、うぶすなについて触れられる。
(うぶすなは)何時どの子が帰って来ても迎える仕度をしている
再び出掛ける子らに「行っておいで」と声を掛ける
うぶすなは母なる大地なのだということだろうか。
最後はこんな内容になっている。
人間はうぶすなが「陽気で行っておいで」と言ったことを聞き逃してしまったのかもしれない。
「陽気で」から引き受けないといけないことはなんなのだろうか。
陽気は気候や気分に使うものではなくて、「万物が今まさに生まれ出て、活動しようとする気」の意味で使われているのだろうか。
うぶすなは失敗しても進化していくための再生の場なのではないか。
それを人は忘れていないか、忘れてはいけないと伝えようとしている、のだろうか。
「うぶすなは何処ですか」の答えは「地球」になるのだろうか。
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